江戸時代初期に、三河の国(愛知県)のお百姓が江戸は三河島(現荒川区)に入植し、作り続けられてきたという大江戸「三河島在来」大豆。主に枝豆と食していたようです。残念ながら、現在では農地が宅地化してしまったため、作られてはいないようです。その大江戸「三河島在来大豆」を復活させ、枝豆だけではなく豆腐も作ちゃうぞ!の企画です。

江戸初期に三河の国から家康と共に上京してきたのであれば、徳川家康はもちろんの事、徳川家代々の将軍が食した可能性も非常に高いはずです!ひょっとしたら完熟を待ち、大豆として豆腐にし、食した可能性も捨て切れません。

このような時期ですので、夢とロマンと希望があふれ出すような、元気になれる豆腐や枝豆を食していただきたいと思います。

2011年07月04日

【八王子栽培 再播種】

7/3、一週間ぶりに畑を確認したところ、発芽がものすごく悪く、欠株が非常に多い。
適期からははずれているが余り種で再び2粒播きをしました。

防鳥網をくぐって、欠株部分を指でほじくり、中の種を取り出す。
ほぼ全ての種は動いているが、地上に顔を出すことなく腐っていた。
又は顔を出したものもネキリ虫の被害によりバタバタと倒されていた。
鳥による被害は一部あったものの、それは発芽前にくちばしでつっつかれて豆そのものを食べた様子。
そういう部分は豆の痕跡すらなかった。

発芽不良の原因は何なのか。

再播種のために指でほじくるとき、かなり地面が固かった。
播種してからも集中豪雨があったり、雨が多かったせいで地面が固まり、出て来れなくなった、それに加えて水分過多で腐ったのかもしれない。
播種をしたときに点圧もしなかったし、深播きしすぎたという印象もなかったが、腐ったということを考えるとそれも考えなくてはならない。再播種は前回よりも気持ち浅め、点圧もしなかった。
数えてみると、1902粒になった。これは全体の約4割に相当する。
前回報告時に6割くらい発芽していて残りもモコッとなっている状態にあったが、そのモコッとしていた豆たちが全て発芽できなかったということになる。

最初に発芽した6割は本葉5枚目を展開中。

八王子栽培、難航中です。


posted by shun&nao&aruji at 04:11| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お疲れ様です。
雨が続いたのと高温のせいでしょうか。
ポッポさんとネキリムシは悔しいけど
しょうがないですね。

葛飾プランター栽培でも害虫(葉を丸め中に蛆虫みたいなのが)に3株ほどやられました。それらは花も咲きません。。。既に駆除はしましたが。
背丈は高いもので50cmを超えました!(原種)


Posted by aruji at 2011年07月04日 04:34
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