江戸時代初期に、三河の国(愛知県)のお百姓が江戸は三河島(現荒川区)に入植し、作り続けられてきたという大江戸「三河島在来」大豆。主に枝豆と食していたようです。残念ながら、現在では農地が宅地化してしまったため、作られてはいないようです。その大江戸「三河島在来大豆」を復活させ、枝豆だけではなく豆腐も作ちゃうぞ!の企画です。

江戸初期に三河の国から家康と共に上京してきたのであれば、徳川家康はもちろんの事、徳川家代々の将軍が食した可能性も非常に高いはずです!ひょっとしたら完熟を待ち、大豆として豆腐にし、食した可能性も捨て切れません。

このような時期ですので、夢とロマンと希望があふれ出すような、元気になれる豆腐や枝豆を食していただきたいと思います。

2011年07月17日

【鎌ケ谷栽培】(aruji)

DSC_0121.JPG水曜日にnaoさんから写真添付のメールが入り、鎌ケ谷栽培、花を咲かせたとの事。この「三河島」の一番のネックは収量の少なさ、と推測をしていました。一株においてどのくらいの莢を付けるのか、気になって仕方なかったです。葛飾プランター栽培では莢の付きが悪くちょっとめげていましたが、写真の通りそこそこってな感じです。(さすが畑!)これなら2粒蒔きであれば、多収の改良品種よりは少ないにしても、それなりの収量は望めそうです。
もちろん、豆腐としても枝豆としても味が良ければ言うこと無しです♪
花も大方が閉じ、莢に成るための準備をしている最中ですね。



写真を何枚か撮ってきましたので掲載させてください。

DSC_0123.JPGDSC_0126.JPGDSC_0127.JPG









良い感じですよね。ただ、雨が降らずに畑がかなり乾いていました。
明後日の火曜日辺りに台風が来るとの事、雨は大歓迎ですが、風はひどくなりませんように、祈るばかりです。
背丈も高いものは60cmを超えていました。
それと、八王子栽培が想定外の事態の場合には、半分程度大豆として収穫しようと考えています。
(当初は全て枝豆としての収穫を考えていました。)

shunさんの八王子栽培、気力と天の気合が必ず見方をしてくれそうです。
良い方向に導かれるよう、葛飾から応援と気合をお送りいたしますです。


posted by shun&nao&aruji at 21:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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